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京都沖縄ファン倶楽部


京都沖縄県人会の試みと県人会の役割

京都沖縄県人会では、2008年から沖縄県出身者に限らず沖縄大好きという人々が集い、沖縄料理をつまみ、オリオンビールや泡盛を飲み、琉球舞踊と三線、島唄を聞き、時には自らが三線を弾いたり踊ったりしながら、優しさや平和を大切にする沖縄の心を学ぶイベントに取り組んできました。以後、どちらかといえばこのナイチャー中心の取組を「京都沖縄ファン倶楽部」と銘打ち、「沖縄の心を持つ内なる沖縄人」が企画し、参加する事業として「沖縄フェスタin京都」と三線教室に取り組んでいます。この「内なる沖縄人」は会員ではありませんが、京都沖縄県人会が行う様々な事業にも分け隔てなく参加を呼びかけ、共に沖縄の文化を楽しんでおり、ウチナーネットワークが形成されています。

そもそも沖縄の伝統的な民謡や踊り、物産には、喜怒哀楽で彩られた沖縄の歴史が折り重なっています。三線を弾き、島唄を謡い、沖縄の伝統的な飲食物を嗜むことは沖縄の歴史に触れ理解することに繋がり、沖縄の心に寄り添うことを意味しています。その寄り添うところから、沖縄に対する共感が生まれ、理解が深まり、沖縄に対する距離感が縮まります。ウチナーンチュにとってはあるべきアイデンティティの強化となり、ナイチャーにとっては沖縄に対するアイデンティティが芽生え、高まることとなります。その結果、共に沖縄の心を持ち、共に沖縄にアイデンティティを感じる「内なる沖縄人」が育ってきているのではないかと考えています。

そこで改めて京都沖縄県人会の役割を眺めてみると、会員による会員のための事業が、会員の周縁部に広がり、ウチナーンチュのアイデンティティの強化と沖縄の心を持つ「内なる沖縄人」を育てる結果となり、また「内なる沖縄人」と幅広く交流することでお互いの信頼関係の絆が強くなり、共に沖縄と本土との懸け橋の担い手として、沖縄の振興、発展にも少なからず寄与していくのではないかと考えています。



 

※沖縄フェスタが開催される場所は京都の中心地に位置し、開山した僧侶の袋中上人が1603年に琉球王国に立ち寄り浄土宗を広めたとされ、この浄土宗の「念仏踊り」が沖縄の伝統芸能「エイサー」の起源になったとも言われる「壇王宝林寺」です。

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