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Uchina Columnウチナーコラム

ウチナーコラム

野球少年を1人でも増やしたい

ご経歴と現在に至る経緯 小学校は浦添小学校に通い、その後浦添中学校、西原高校を卒業。その後岡山県にある環太平洋大学に入学しました。その卒業時に社会人野球に行くかどうするか...

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KATSUKI MATAYOSHI

中日ドラゴンズ:投手、背番号16
沖縄県出身
沖縄県立西原高等学校ー環太平洋大学ー四国アイランドリーグplus・香川ー中日ドラゴンズ
サイドから力強い速球とキレのあるスライダーを繰り出す右腕。5年目の昨季は、防御率6点台と満足のいく成績を残せず。登板数も自己最少の40試合に終わった。今季は本来の安定したピッチングを披露し、フル回転の活躍を誓う。

自分の日頃の行いが2年後3年後の可能性だったり、進路っていうのに関わってくるから、毎日コツコツと続けられる環境を自分で作り上げていくことが必要ですね。 やめるのは簡単なので、自分の可能性に制限をかけて成長止めないで欲しいと思います。

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スケール感は大きく、沖縄からスタートアップ企業を!

これまでのご経歴 糸満で生まれて、糸満の中学校卒業した後に、向陽高校に進学しました。そのあと琉球大学に入学。琉球大学では経済学を専攻して、経済の勉強を一通りやりました。中...

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YOSHIHIRO HIGA

株式会社Payke 取締役CFO
比嘉 良寛 ヒガ・ヨシヒロ

沖縄県出身の28歳。琉球大学法文学部経済専攻卒業。同大学卒業後、㈱沖縄銀行入行。沖縄銀行では主に融資業務に従事。Paykeを創業と同時に同社を退職。琉球大学在学時には「沖縄学生ビジネスコンテスト」優勝。2014年11月Paykeにファウンダーとして参画。金融経験を生かしPaykeでは財務担当。

株式会社Payke
https://payke.co.jp/
インバウンド向け買い物支援アプリ「Payle」を沖縄ベンチャーとして開発。
・全国起業家万博2017:総務大臣賞
・東洋経済:「すごいベンチャー100」に選出
などアワード多数受賞

沖縄だけではなく日本、世界と大きな目標を持って欲しいなってすごく思いますね。「Paykeとかあんな小さい会社目指さないよ」、とか言ってくれる生意気な人達が出てきてくれると、すごく刺激になるし楽しいので、生意気な感じでいろいろやって欲しいなと思いますね。

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「沖縄空手は自分を磨くこと」だから世界に広がった。

現在に至るまでの経緯 私が沖縄を知ったのは14歳から15歳の時、それまでは空手=日本でしかなくて、沖縄の事を知りませんでした。私の住んでいた町はフランスの小さな町で、近所...

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MIGUEL DARUZU

沖縄空手案内センター広報。
「沖縄空手御庭」ではプロデュースも手掛ける。空手修行のためフランスから来沖し、1993年に沖縄へ移住。2005年には月1回沖縄の空手情報を届ける「沖縄空手通信」の発行を始めたほか、海外から来沖する空手愛好家たちに稽古ができる道場を案内する活動を続けていた。現在は2018年3月に新設された沖縄空手会館内にある「沖縄空手案内センター」の広報担当として活躍の幅をさらに広げている。

ウチナーンチュは我慢強い。 空手は鍛錬。自分を磨いて鍛えていくのが大切です。沖縄の歴史を見ても、いろんなハードルを乗り越えてきている。これも鍛錬の精神。我慢強さを養う空手と似ているんじゃないかな?この気質があったからこそ、沖縄は空手の発祥の地となったと思います。

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ニュージランドと沖縄の意外な共通点

現在に至るご経歴を教えてください。 昭和34年生まれは東京です。親父もお袋も沖縄の出身なんですけれども、親父が東京大学を出て東京に就職をして、その親父の駐在でアメリカに行...

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金城 誠 MAKOTO KINJO

アンズコフーズ・ジャパン代表取締役社長
昭和34年東京出身。両親が沖縄県出身で幼少期を沖縄県で過ごす。NZカンタベリー大学卒業後、NZ食品メーカーに入社。
アジア担当マーケティングマネージャーを担当し、その後2000年アンズコフーズ株式会社入社。
2003年同社日本法人の代表取締役社長に就任。

まずウチナーンチュの DNA の中に、外に出ていくというものがあると信じた方がいいと思いますよ。 だから臆せずやっぱり何でもチャレンジするという気持ちを持って出て行ってもらいたいのと、もうひとつは、横浜の学校に行った時、理事長先生に何度も言われたのが、大地を1センチでも動かす人間になれですね。

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アルゼンチンと沖縄の架け橋を目指して

日本に来るきっかけは? THE BOOMの「島唄」という曲がアルゼンチンで日本語の歌詞のままカバーされて、ヒットしました。その時、私はコーラスとして参加していました。...

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大城クラウディア CLAUDIA OSHIRO

アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれの女性シンガー・ソングライター。幼少の頃よりアルゼンチンの日系コミュニティの中で開催された数々の歌のコンクールに出場し、優勝を重ねる。2001年、アルゼンチンのアルフレド・カセーロがTHE BOOMの「島唄」を日本語でカヴァー・レコーディングした際にコーラスとして参加。2003年、音楽活動の拠点を日本に移し、宮沢和史のソロ・バンドのメンバーとしてヨーロッパや中南米諸国でのツアーに参加。2006年からは宮沢が率いる多国籍編成バンド、GANGA ZUMBAのメンバーとしても活動。2007年、1stアルバム『Claudia』をリリース。2014年12月、ベスト・アルバム『C』を発表。

アルゼンチンには沖縄の昔の言葉や習慣などが残っているので、アルゼンチンに住んでいるウチナーンチュも沖縄に住むウチナーンチュとあまり変わりが無いと感じました。そのため、沖縄に初めて来た時も、沖縄に来たなーって感じはありましたが、事前のイメージとあまり違いがなく、アルゼンチンにも沖縄があるんだなと感じることができました。

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沖縄民謡に込められたメッセージ

沖縄と出会ったきっかけは? 最初の出会いは民謡ですね。沖縄民謡と出会ってから僕の心の扉が開きました。それまでいろんな音楽を聴いていましたが、沖縄民謡という宝物のような美し...

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宮沢和史  KAZUFUMI MIYAZAWA

1966年山梨県甲府市生まれ。THE BOOMのボーカリストとして1989年デビュー。
ブラジルをはじめとして世界各地のウチナーンチュ都とも交流を続けている。代表曲の1つである「島唄」はアルゼンチンをはじめ、世界各国のミュージシャンにカバーされている。沖縄民謡を次世代に伝えたいという想いから、2012年より4年間かけて、沖縄各地の民謡245曲を収録した17枚組のCDボックス「唄方」を制作。県内教育委機関、図書館、国内外の県人会などに贈呈した。

それぞれの沖縄の時代を象徴する歌が生まれるのが沖縄の伝統だと思います。それが沖縄民謡、芸能の基本ではないかと感じるんですよね。庶民の目線を記録して、辛いことや悲しいことがあっても絶えずそれを音楽や芸能にしていくのは、とても素晴らしいことだと思います。

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